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テレビ・ラジオ出演等のインタビューまとめ記事です。
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2014年6月5日 NHK FM「ミュージックライン」(21:10~22:45)
【パーソナリティ】
【ゲスト】遠藤賢司
 


平田裕香(以下、平)「自己紹介お願いできますか」
遠藤賢司(以下、遠)「いやいや遠からん者は 音にも聞け
           近くばよって 目にも見よ
             我
こそは 千代に八千代に 我が代の男 
                姓は遠藤
                                          名は賢司 
                                          人呼んで 天下御免の純音楽家エンケンなるぞ!
                                          してある時もこの時も不滅の男ー!!・・・です」

平「ふふ(笑)遠藤賢司さん。純音楽家というのはどういう意味で
  捉えたら良いでしょうか」

遠「簡単に言うとロックとか演歌とかクラシックとか
  良い音楽は何でも良いのね。
  良い音楽は何でも良いという観点で、良ければ、
  その人が好きだったらなんでも良いんだよね。
  僕はなにしろ全部取り入れてやりたいんだよね。
  純粋に、フォークとかロックとか分けをせずに、
  自分がやりたいように純粋に音楽としてやりたいという意味と、
  あともう一つは音楽はやっぱり言葉と音が一致してないと駄目だから。
       言音一致の純音楽、家、と言っています」

平「言音一致の純音楽家!」

遠「生きてる人は一人一人芸術家だと思ってるし、
  一人一人音楽家なんですよね。
  例えば悲しい時にはとぼとぼと歩くでしょ。
  嬉しい時にはランランと歩いて。
  悔しい時にはコンチクショーと。物凄い偉大なドラマですよ」

平「単純な動きが、というところがですか」

遠「そういう意味も含めて誰もが言音一致の純音楽家だと思ってます。
  その中の僕は一人です。 世界中の人が皆、純音楽家です。
  何かあった時は、悲しいことがあった時は
  自分の胸の中に音楽が流れるでしょう。
  嬉しい時は、ああ良かったなって流れるでしょう。
  音楽はあらゆる創造の原点だと思ってます」

平「そんな遠藤賢司さんに今日はお越し頂きました」

遠「今日は呼んでくれてありがとう。よろしくお願いします」


平「そんな遠藤賢司さん。1969年デビューということで、45周年!
  1969年といえばNHK-FMの本放送がスタートした年なんですが。
  当時の音楽というのは、今ではネットであったりとか
  すぐ売れてるものは聴けたりするんですが、
  その遠藤さんの当時ではどうやって好きな音楽であったりとか
  気になる人の情報であったりとかを得ていたんですか?」

遠「AM放送が普通にあったんですよ。FMは確かに後から出来ましたね。
  普通にラジオで聴いてましたよ。
  家にテレビが来たのは高校生くらいの時ですけど。
  中学くらいの時にテレビの放送が始まったのでテレビでも見ました」

平「音楽番組もあったんですか?」 

遠「勿論ありました。今よりもっとありましたよ。
  ジャンルが全く無くて、プレスリーもジャズもラテンもクラシックも
  何でも流れてましたね。映画音楽だけの番組であったりとか。
  どっかのラジオ曲を回せば、演歌も含めて何でもガーッっと流れてましたね」

平「その当時はレコードとかが主流だったんですか?」

遠「レコードだね。CDも全く無くて」

平「じゃあこの歌良いな!覚えたい!って思ったら
  レコード屋さんに行って探す・・・」

「それしか無いね。でもレコードを買うってお金が当時は高いから、
  そんなに簡単には買えなかったけど。
  大人の人は買えたとは思うけど俺は特に買えなかった」

平「じゃあ覚えて、自分で弾いて・・・」

遠「いや、覚えて弾くとか全然意識が無かったね。
  なにしろ当時ギターを弾けなかったから、
  ただ良い曲だなあ!って色んな音楽を吸収したような気がする」

平「遠藤さんがギターを始めたのは幾つ位の時だったんですか?」

遠「18かな?・・・19かな?」

平「ギターとの出会いって何がきっかけだったんですか?」

遠「ボブ・ディランのLike a Rolling Stoneを聴いて、
  俺もなにかやりたいと思って。
  音楽は物凄く聴いてたんだけど全く弾けないし。
  何かをやりたいと思ってその時俺は高田馬場の2畳の部屋に住んでて。
  何かをやりたいと思って目の前にどーんと浮かんだのは、
  なんだか知らないけど彫刻だった。さあコレを彫れと、
  でっかい石が落ちてきたんだよ」

平「え????(笑)」

遠「頭の中だとは思うんだけど、そういうのをやるのかなあと思った。
  ボブ・ディランのLike a Rolling Stoneを聴いて。
  ギターも弾けなかったから大学入って
  友達にボブ・ディラン好きな人がいて、
  ギターを教えてくれてそれで始めるようになった」

平「始めはその友人のギターを借りたりして」

遠「古賀政男の古賀ギターというのがあって、結構憧れてたね。
  マーチンとか全く知らなかったね」

平「マーチンというのは海外のものじゃないですか。
  日本では高価い物だったのですか?」

遠「高かったねえ。ギターをやり初めて自分の曲をやり始めた時は
  ヤマハのギターで作ったんだけど、古賀ギターを弾いて覚えたね。
  古賀ギター見せてあげたいよ。
  古賀政男の顔は知らない?凄く良い作曲家なんだよ。偉大な作曲家。
  その人は有名だからその人のギターをどっかが作ったんだね。
  ギターのホールを覗くとその人の顔が貼ってあるの。
  憧れたんだよ。3500円位かな?」

平「今とお金の価値もまた違うし・・・」

遠「そうだね」



平「スタジオにギターを持ってきて頂いて
  1曲演奏して頂けるということで。曲紹介お願いします」

遠「カレーライスという曲をやります」
カレーライス生演奏。



平「スタジオの照明も暗くしての演奏だったのですが、
  どうですか?演奏されてみて・・・」

遠「えっとね・・・気を使ってくれてありがとう。
  大丈夫です。バッチリいきました」

平「ハーモニカの方も、ブルースハープ・・・ちゃんと勢いよく
  吹いてる感じはしなかったのですが、音が出ていて・・・
  声も、おしゃべりしてる感じとはまた雰囲気も違って、
  囁くようになんだけどちゃんと音になっていて、
  私も声を使うお仕事をさせて頂いているんですが、
  小さい声を出そうとするとウイスパーになって
  息だけになってしまうんですけど、
  ちゃんと音が出ているということは
  それだけ筋肉がついているんだろうと・・・」

遠「いや、考えたこと無い。
  俺は極端に激しい曲もあるから、
  まあ出そうと思って出してるだけだね。俺はね」

平「純音楽家として表現のひとつとしての、
  喉を楽器として扱ってのそういう表現になってるんですかね?」

遠「考えたこと無い。ただ単に、同じ意味かもしれないけど、
  自分でこうしたいなこの曲は。自分に聴かせたいなってあるわけ。
  どんな激しい曲でも。俺は人の為に歌ってないんだよね要するに」

平「冒頭で少し話をして頂きましたけど、
  人それぞれ気分が良い時にはルンルンだったりとか、
  自分の気持ちを表現する時の為のひとつの手段というわけですか?」

遠「そうですね。俺はそうあるべきだと思ってる。
  いろんな考え方の人がいるだろうけど
  まずは自分に聴かせなかったら、
  俺が先ず納得しなかったら聴いてる人は納得しないよね。
  俺自身が納得した時に。
  人間として他の人に伝わるかどうかが音楽もそうだし物作りの根本だと。
  それが物作りの基本だと思うね」

平「じゃあこれを聴いた人はどう思うんだろうとか
  こういう歌詞を書いたら喜んでもらえるかなっていうところではなく・・・」

遠「俺が喜べば良いんだよ」

平「わぁ~!」 

遠「それが一番正しいと思うよ」

平「シンプルですよね!」

遠「初めから人の為だとか言って、作るんじゃ俺は駄目だと思うね。
  それは逃げてる。ズルイと思う。
  よく「皆さんの為にやります」とか言うじゃない。
  でも俺も当然人の前でやるからには聴いてくれる皆が
  元気になってくれれば嬉しいなあとは思うよ。
  でもそれ以前に「皆さんの為にやります」っていうのは卑怯だ。
  さっきから言うように自分が楽しくなかったら通じないって。
  物作りの、創造の彫刻だろうが何だろうが
  「コイツ本気で彫刻彫ったんだな、絵を描いてんだな」って。
  岡本太郎がそうじゃない。
  一生懸命描いてるんだなって言う気持ちが伝わるんだよ。
  そこで勝負すべきだよね。全ての芸術家はそこで勝負すべきだ。
  自分がやりたいことやった時に、
  人数が少ないだろうが多いだろうが
  「良いね」「良かったよ」「気持ちよかったよ」「元気なったよ」って
  言われるかだよ。そこが勝負だよ」

平「はい。人数じゃないわけですよね。一人でも伝わってくれれば・・・」

遠「一人は先ず自分だけどね。一人目が自分なんだけどね」

平「それをハッキリ言えるというのは凄い・・・」

遠「それしかないよね」 

平「経験だったりが重なっての言葉だと・・・」

遠「いや経験じゃないよ。俺それしかないんだよね」

平「ずっと」

 
遠「じゃないと卑怯だと思うわけ。
  俺は音楽でお説教もしたくないし、
  俺はこうやるから皆も頑張れよとかそういうことは言いたくない。
  俺はこうやって頑張ってるんだよって自分に歌った時に、
  聴いてる奴が納得するかどうかだよ。
  しつこいけど、そこが物作りの根本で、
  この国はそこから始めたら良いんだよ。
  人の為になんかやってほしくないね」

平「まだ私にとっては若輩者なので難しいところではありますが
  ・・・そこを目指していきたいと思います」

遠「(笑)俺も若輩だけど・・・
  でも俺は、そこからこの国は出発した方が良いよ。
  フォークだとかロックだとかで音楽を分けて、
  映画でも色んな映画があるじゃない。良い映画は良い映画なんだって
  捉え方をする国じゃないとおかしいよ。
  フォークだから良いロックだから良いクラシックだから良いという」

平「ことじゃなくて」

遠「そう言ってるうちはその人は知らないんだな。
  本質を知らないと思う」

平「これだけは聞いてこいと言われたので、ひとつ聞いて良いですか。
  日本の音楽を今どのように遠藤さんは見ていらっしゃいますか?」

遠「俺はもっと象形文字で歌って欲しいね」

平「象形文字?」

遠「普通に話してて漢字も仮名も含めて、
  簡単に言うと空があるっていうじゃない。
  空と言った時にはSKYとは思わないじゃない。これ大きいよ。
  だから向こうの奴がSKYって言った時には
  決して空とは思わないじゃない。
  日本の人は空とは歌っても
  SKYと聴いてほしくて歌ったりもするんだよね。
  象形文字はきれいだから、青空!って言ったら絵柄が出るじゃない。
  それを大事にして欲しいよね」

平「言葉、という物の持つ本来の伝えるっていう意味ですよね」

遠「自分が何に対して歌うかってことだよね。
  自分に歌う時に青空って言ったら
  自分の心の中に青空が広がるじゃない。
  SKYったら広がらないよね」

平「私も日本でしか生きていないので・・・」

遠「大事なことだと思うけど・・・それが言いたいし、
  若い奴にいっぱい良い空気を吸ってほしい。赤ちゃんとかね。
  日本って綺麗でもっとおいしい国だったんだよね」

平「今は違いますか?」

遠「勿論違うね。そりゃ全然違うよ。取り戻してほしいね。
  それで恋をして欲しいわ」

平「恋!」

遠「ほんとに」

平「新しくリリースされたばかりのニューアルバムタイトルは【恋の歌】」

遠「上手く繋がりましたね!」

平「45年経っても変わらない恋の歌を。
  ラブソングを歌い続けてる遠藤さんですが、
  最近の人たちにも恋はし続けてほしい」

遠「してほしい。137億年前から、凹と凸で始まったこの宇宙だから。
  この瞬間も街角で誰かがキスしたりするわけじゃない。
  そこから全ては始めるんだよね。創造もそこから始まる。
  まあ気にしないで。俺勝手なこと言ってるから(笑)」

平「いえいえ、なんかこのニューアルバム【恋の歌】の中でも率直に
  心の中で思っていることがこぼれるように歌詞になっているんですが、
  中学生の遠藤少年・・・」

遠「『どうしてそんなに可愛いの』ですか」

平「恋の仕方って年と共に変わってくるものではないんですか?」

遠「変わらないと思うよ」

平「変わらないですか?」

遠「変わるようじゃ駄目だね」

平「何故?!」

遠「スケベだから」

平「そっかぁ」

遠「男はスケベだから。女もスケベじゃない。
  プラスとマイナス、凹と凸はそういうことだね。
  大事にした方が良い。別に恥ずかしいことでも何でも無いよ。
  そっからしか物は出てこないよ」

平「でもカッコつけたいなって思うことがあったり・・・」

遠「あるよ。そりゃあるよ。でも音楽は何をやっても良いじゃない。
  何言ったって良いけど、お説教だけはやめた方が良いよね。
  音楽でね。俺は恋の歌以外はお説教だと思ってる。
  『恋の歌』っていう13分くらいの曲があって、その中で言ってるんだけど」

平「本当に率直にさっき言っていた凸凹、プラスとマイナス、みたいなことで。
  一生懸命男の子があなたが好きだと言って、女性も私もよ、と応えて」

遠「そんなことかもしれない。例えばよく言う、反体制だとかね。
  ロックは反体制だとか言う人いるじゃない。
  そういうのあんまり好きじゃない。
  人間ってさっきも言ったけど一人一人が芸術家だし、
  一人一人が偉大な音楽家だし、皆のた打ち回って生きてるんだよね。
  そんな人にお説教なんかする必要ないよ。
  皆反体制だし哲学家だし、自分の考えで動いてる。一人一人、哲学だよ。
  極端に言うと道路で次どこで曲がろうかとか、
  何時までに帰らなくちゃとか。ちょっと早めに帰ろうとか、全部哲学だよ。
  だからそういう人達にお説教する必要は無い。
  俺はおいしい空気をいっぱい吸って、恋をして、自分の仕事をして欲しいよ」


平「今回リリースされたアルバムですが、この中で私的に好きな曲ありまして。
  湯川潮音さんが参加された「小さな日傘と大きな日傘」壮大なスケールで、
  物語もあるんですよね。歌を歌っている部分って長くは無いんですが・・・」

遠「僕はピアノを弾いてて、湯川潮音ちゃんがボーカルだけやって」

平「何故湯川さんとやろうと思ったか聞かせて下さい」

遠「湯川トーベンが僕のバンドのベースで、その人の子どもなんだよね。
  潮音ちゃんが幼稚園の頃から知ってて、
  でも立派にすごく綺麗な声で歌う子になって。
  綺麗な声だから、やってもらいたいなと思って」

『小さな日傘と大きな日傘』流れる。

平「これも湯川潮音さんも歌を歌うと言うかは、
  本当に言葉を紡ぐ様に出している音が声が、本当に素直に胸に響いたので」

遠「絵柄が出てくるでしょう。象形文字で描いてるんだよね」

平「映像が浮かびますよね」

遠「日傘ってのはすごいなって思ってて。
  俺はずっと日傘って女だと思ってるの。
  ウチの妹がいて仲が悪くて亡くなっちゃったんだけど、
  妹がもういよいよ駄目だって時に、でも妹は駄目だってこと知らなくて、
  何が良いかなと思って俺は「日傘だな」と思って。
  持って行ったら凄く喜んで仲直りして。やっぱり日傘なんだなと思って。
  日傘を背中に持って散歩する女の人は綺麗だと思う。
  それが根底にあって、あとは小さな日傘と大きな日傘っていうのは
  3.11の・・・歌詞の小冊子には亡くなったお母さんが子どもに逢いに来て
  海岸通りを日傘をくるくる差して散歩するという曲なんだよね。
  その後ろには世界中のお母さんと子どもが数限りないくらい
  ず~っと繋がっていくんだよ。
  俺の頭の中にそういう絵柄があって
  ピアノを弾いて作ろうってんじゃない、
  物凄く急に弾きたくなってその絵柄が出てきて泣いたね自分で。
  世界中の悲しい話が沢山あるじゃない。
  その世界中の女の人達が福島の海岸を皆繋がっていくんだよね。
  という映像があって脚本の方はもっと旦那の話とか全部書いてあって
  亡くなったお母さんがどこから登場するとか全部書いてあって。
  お母さんは28で小学1年生の女の子という設定で。
  作ったんですけど・・・それが気に入ったんですか?」

平「この歌凄く好きでした」

遠「ありがとう」

ライブ告知の後、曲紹介。
遠「この歌は女優さんがいて、僕は会った事無いんだけど、
  その人がテレビでカレーライスが好きだと言ってくれた話を
  友達から聞い教えてくれてそれで作ったんだけど。
  おいしい空気を吸って、沢山恋をしてほしいなという
  願いを込めて作った曲です」

『44年目のカレーライス』流れる。ゲストコーナー終了。
























































































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