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テレビ・ラジオ出演等のインタビューまとめ記事です。
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去る11月の「ふにゃふにゃ」ツアーの合間、エンケンさんはラジオ番組の収録をされました。
大阪FM802のラジオ番組「BINTANG GARDEN」でエンケン特集!『遠藤賢司デビュー40周年!それがどうした!』の放送が11月27日、11月30日にありました。
なんとエンケンさんDJで、一時間たっぷりトークと演奏有り!という素晴らしい内容。
朝日新聞日の番組欄にもバッチリ、遠賢親分の御名前が!
11月30日(日)24:00-25:00再放送分の番組欄。
 


関西ローカルだけの放送なんて勿体無~い!という訳で以下、内容をざっくりとまとめてみました。
まずはいつもの口上で番組は始まり、DJエンケンの曲紹介で一曲目【君にふにゃふにゃ】
『エンケンよもやま話』というタイトルコール。FM802のスタッフを聴き手にインタビュー形式で進行。


■きっかけは?

「18~19歳の頃くらいにギターを弾き始めて一年位してから曲を作り出した。
デビュー40周年だけれども、実際に人前で歌い出したのは42~43年目。
関西フォークだとかフォークゲリラとか出てきて…レコード会社の人がもしかしたら儲かるかもしれないって思った人もいるだろうし、こういう歌が日本に必要だなってレコード出してくれた人もいるだろうし。
世の中がそういう流れでそれが上手く混ざりあったんじゃないですかね。」


■比較的すぐに「人のものを借りて自分を出す」というよりは「自分の音楽」を出すようになられたようですが、そこにはすんなりいけるように?

「ええ。行けましたよ。ギター弾いてて気持ちが良いから、人生の全てがそこにあるような気がして。
ボブ・ディランのライク・ア・ローリング・ストーンを初めて聴いた時に「なんだコイツは」と思って。二回目聴いた時に「コイツは違うな」って思って。
僕はその時浪人生で三千円の二畳の部屋に住んでて、すっくと立って「俺も何か作ろう!」と思って。
「俺もコイツに負けないで叫んでやろう」と思った初めての、俺にとっては歴史的な瞬間だった。
ボブ・ディランは向こうの人ということも含めて、生活スタイルも言葉も違う。
ただ、心の叫びは一緒だなと思って。生きてく上での喜びや悲しみ、恋する気持ちは一緒。じゃあ俺のこと歌った方が早いや!って。
ボブ・ディランの真似ばっかりしても恥ずかしいから。ボブ・ディランの歌を歌ってもボブ・ディランには勝てないから。
俺がボブ・ディランと勝負するのは、俺が歌って「どうだ!」って見せることだから。
だから単純に「俺のことを言った方が早いな」って自分の曲を作り出したんです。」


■69年にシングルでデビューなさって。【カレーライス】を作った時のイメージってありますか?

「三島由紀夫が切腹した時にテレビを見ていて「こんな有名な人が突然消えて無くなるんだなあ」って思って。
自分が宇宙の虚空に胡座をかいたまま、ギターを持って浮かび上がったような気がして。
彼女がカレーを作っていて「ああ、良い臭いだな」って意識がいっちゃう。世の中こういうもんだな、と思って作った曲です。
決して無常感なんてもんじゃない、現実感を歌ったんです。
人の痛みなんて本人以外分からない。三島由紀夫の痛みや苦しみ、心の叫びは本人以外分からない。変な解釈を含めるのは止めようと思って。」


曲紹介をして【カレーライス】が流れる。



■その当時、所謂フォークと呼ばれる音楽の他には、バンドでリズムのはっきりした所謂ロックのような音楽も昔からされておられたんですね。

「どんなアルバムでも…あんまり言いたくないけど二面性があって、形で言うとエレキギターと生ギター。
絵柄で言うと優しい部分と激しい部分があって。
俺の性格的なものでしょうね。昔からパンクだって言われてましたから。その幅が楽しいんでしょうね。」


■聴いてる側からすれば多面性があると思っていたら、70年後半に『東京ワッショイ』というアルバムが凄く印象的で。
僕ら側からすれば何か衝撃的で突拍子も無いことやってる感じがありましたけど…


「カレーライスを聴いてた人が、『満足出来るかな』っていうアルバムを出したんだけどずっと聴いてる訳じゃないし、【カレーライス】が一番売れたから「カレーライスからいきなり東京ワッショイになった!」って。

俺の事をずっと見てる訳じゃないから「ロックになった!」「パンクになった!」って。
俺の中では全然差が無いんですよ。要するにロックだとか物を創るということは、「好きにやる」ということですから。
自分の魂とか、絵柄や言葉を含めてギュッと凝縮して出すのが音楽だから。
エレキでも生ギターでも、自分の演奏をするだけですから。」


■「ワッショイ」という言葉の響きから、和のイメージが強調されているような気がして…

「オーイエーという曲もあるんですが、なんで『東京ワッショイ』というタイトルにしたのかという話なんですけど、『東京オーイエー』じゃ恥ずかしいと思ったから。
元々は『東京ロック』とか『不滅のロックンローラー』とかそういうタイトルだったんですけど。
周りに「俺は海外に行けば売れるんだ」って思っている音楽家がいて、なんだコイツは情けねえなって思って。
本当に闘うなら「もしも向こうに行ったら」じゃなくてここで闘うことが、音楽家ならここでちゃんとやって、まず自分の好きな人に本気で「いいわね!」って言わせて納得させる事が俺は勝負だと思ってるんです。
「俺はたまたま日本でやってるけど、アメリカに行ったら凄いんだ」って奴が大嫌いで。
じゃあ向こう行ってこいよ!お前なんか絶対ウケないよ!っていう奴に限ってそういうこと言うんですよ。
向こうの方が優れていると思って物真似ばっかりしてるからでしょうね。
ギターを持つと同時にそういう奴が世の中に溢れ出てしまって。
嫌な国になっちまったなあと思って、そういう意味も含めて『東京ワッショイ』というタイトルにした。
どこに行ったって自分でやるしかないんだから、一人でもワッショイするぞ!って思って。」


【東京ワッショイ】が流れる。

■『東京ワッショイ』の続編のような形で『宇宙防衛軍』を出されて。その当時の色々なものをいっぱい入れたのだと思いますけども。そのちょっと後くらいからエンケンバンドというコンスタンツにやるバンドも…

 「フォークもロックもパンクもジャズも関係無いくやって来たから」

■当然歌い続けてはいらっしゃったんですよね。たまたまアルバムやレコーディングがある時無い時とあっただけで…

 「相当空いた時もあったんじゃないですかね。お客が五人しかいない時もありましたね。熱烈な客が五人くらい来て…でも皆、そういう体験してますよ」
 
■でもそういう時の原動力って、今思えば何だったんでしょうか?

「俺は言いたいことややりたいことがあるんで…まあ、諦めなかったですね。いつか日本中を席巻してやろうと思ってましたから。
未だにそれは叶ってないですけど(苦笑)
もうひとつ言えば、俺は別に誰に頼まれた訳でもないから、頼まれて歌いだした訳じゃないし、歌うんだって決めて好きで歌ってるんだから「ちゃんとやろう!」ってのがありました。
ちゃんと自分のことを歌おうと思いました。 一人一人の歌、というのが一番の反体制だと思ってますから。
「俺は反体制だ」って歌うよりも、自分のことをきちっと歌えることが世の中の為政者に対しての一番の反体制ですよ。
赤ちゃんを含めて1億3000万の色々な人が「オギャー!おっぱい吸いたいよー!」とか「ご飯が美味しいよー!」とかって赤ちゃんが泣いたりするのも全部、俺は音楽だと思ってる。
その一人一人の叫びが自由民権の根本だと思って歌ってきました。
だから自分の始めたことだから、何しろ「ちゃんとやろう!」と。
やるからには「ちゃんとやろう!」って思います。
普段俺はデレデレしてますよ。でも音楽だけは「ちゃんとやろう!」と思って」

■…という、純音楽という自分で名付けたスタイルの、宣言みたいな歌がありますね。

 「これはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの『テスティファイ』って曲があって。
沖縄でたまたま聴いて「ドラムの中に顔突っ込んで歌ってる」って思ったんですよ。
バンドも知らなくて、悔しくって店員さんにも聞けなくって…ロックのお店だったんだけど。
ず~っと探しててやっと探り当てたのが『テスティファイ』だった。この曲に負けまいとして作ったのがこの曲で。
俺は純音楽家と名乗ったんだから純音楽の道に一人で立っているから、勝負したかったんです。」
 

【純音楽の道】が流れて『エンケンよもやま話』のコーナー終了、CMを挟んで実況実演・ミニライブのコーナーへ。
 
「歌の中で「頑張れ」という言葉が出てきますが、「頑張れ」という言葉は僕は大好きで。
ただ人に言う時には上目線で言わずに、同じ目線から「頑張ろうな」という意味であれば大好きです。
昔上目線で言われたことがあったので、それでこの曲が出来ました」
 
…というMCの後【不滅の男】の演奏!余りにも激しさに途中で弦が切れる!
一本目が切れることは毎度のライブでも想定内…が、新しいギターと交換するも間もなく、2本目のギターまで弦を切ってしまった!
 
「弦が切れたので…お待ち下さい。」と演奏が途切れ、新しいギターを用意しているであろうガタゴトという音だけがラジオから流れる。
もうほとんど放送事故状態…。なんとか3本目のギターに持ち換え、演奏終了。
音声のみで姿が見えない分、余計にハラハラする…!
 
「ギターを三本持ってきて良かったです。途中で2本ブツブツ切れて…最後の一本が切れなくて良かった」
 
「二十歳の時に作りましたから42年前の曲です。1970年に出したniyagoというアルバムで、この時ははっぴいえんどとやってますが、今日は一人でロックをやろうと思ってやってきたので、こういう形になりました、というのを聴いて下さい」
というMCで【夜汽車のブルース】
 
niyagoに収録されている原曲の面影も無いような、そこらのヘヴィメタルがヌルく感じられる、この圧倒的な早さと重さは何だ?!
恐ろしい爆演に弦が切れなかった事が奇跡だ…。

全力での演奏後息を切らしながら「ハァハァ…走り過ぎた…」と呟くエンケンさん…。
 

CMを挟んで【夢よ叫べ】が流れる。

「歌う方が多いのであまり聴く事はないのですが…良いですね。今年も紅白出られなかったなってしみじみ。
いつかコレで紅白出たいんですよ。俺が出なきゃ誰が出るんだって気持ちがありますから」

「やっぱり一時間じゃ足りないですね。僕が聴いてきた音楽とかまとめてやりたいです。
遠藤賢司の音楽抜きでクラシックからロックから色んな音楽を混ぜて。機会がありましたらやらせて下さいよ」
と、まだまだ語り足りない、というエンケンさん。


最後に「これは音楽の水平社宣言です。要するにそれぞれの好きな歌は自由民権の叫びであり、一曲一曲は一人一人の救いの神である、と。
僕は無宗教ですがそういうところを歌っている曲です。
フォーク・ロック・パンク・ジャズ・クラシック・演歌…あらゆる音楽は皆、平等である、と。
僕の純音楽感を如実に表した、名曲であります!(力いっぱい)」という曲紹介で【フォロパジャクエンNO.1】が流れて、番組終了。

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